一人前の臨床心理士になるには

 某大学の大学院で臨床心理士を養成することに9年携わった。そのうち心理相談室を開業した人はほんとに少ない。私が知っているのは一人だけだ。知る限りみんなスクール・カウンセラーや心療内科のクリニックのパートで働いている。スクール・カウンセラーの時給は高いから、主婦のパートとしては中々いい。しかし、独身の臨床心理士はそれだけで食べていけないから心療内科のパートの仕事をしている。そのパート料はコンビニのパート料より少し上くらいで、やっと生活できるくらいのものだから、将来に不安を抱えている。
 そういう人を見ていると情けないから、相談室を開業しなさいというが、その意見をまともに聞く人はほとんどいない。まだまだ実力が備わっていないから開業なんてとてもとてもという。
 しかし、心理相談室の開業は心理療法の能力があってできるものではない。やる気があるかないかだ。
 日本昔話に『大工と鬼六』という話がある。

 村に流れる川の橋が流されてしまった。そこで村人は名高い大工に頼みに行く。大工が川を見に行くと流れが急で、思案に暮れてしまう。すると急な流れの中から鬼が出てきて、お前の目玉をよこすなら橋を架けてやるという。大工ははっきりとした返事をせず帰って、翌日川を見に行くと橋が半分架かっている。次の日に行くと立派な橋が出来上がっていた。驚いていると、川の中から鬼が出てきて、お前の目玉をよこせという。グズグズしていると、鬼は俺の名前を当てたら許してやるという。大工は困って山の中をさまよっていると、遠くの方から鬼六が早く目玉もってくればいいがなあと歌っている女の声が聞こえる。これで鬼の名前がわかったと思い、翌日川へ行き、出てきた鬼に、鬼六!と叫ぶと鬼が消えていったという話である。
 この話の意味するところは、大工、つまり大九よりも大六の方が実行力があるといことである。九のところ六の力があれば開業できるのだ。頭のいい先生が書いた心理療法の本を読んだり直接指導を受けたりしても、臨床心理士として独立することは出来ない。
 和菓子屋に例えれば、有名な和菓子屋で修行出来れば良いが、出来なければ、見よう見まねで和菓子を作って食べられるものを出して売ってみることだ。もしお客さんが買ってくれたら少しずつ工夫して満足なものを作って行くことだ。私がやっていることは箱庭屋と夢分析屋でしかない。箱庭を見ればその人が生きている世界がわかり、夢分析をすればその人が当面している課題がわかる。心の世界で生きていく共に考えるのが私の仕事である。
 パートでする仕事は所詮人の手伝いでしかない。独立して人の悩みを聞くととにかく自分の全てを傾けなければならない。パートは半分の力で出来るかも知れないが、自分のいのちをかける仕事となると全力を尽くさざるを得ない。私が育てる人はそうあってほしいと願っている。臨床心理士は開業してこそ一人前になれると思う。

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カウンセラーの引き出し

 最近出た川上未映子と村上春樹の対談『みみずくは黄昏に飛びたつ』はカウンセラーとしても興味深い話がいっぱいあった。そのうちの一つ、村上春樹は物語を書いているとき、心の中にある資料の引き出しが沢山あって、その中から必要なものが出てくるのだと言っていた。
 そこを読んで、カウンセラーとしての私は夢や箱庭を示されたとき、心の中の沢山の引き出しから必要なものがふと出てきて、それがピタッと夢や箱庭のイメージに合うのを感じる。夢についてはあまり言われないけれど、研究会で提示される箱庭については、私がふと思いついて言うこと、つまり、心の引き出しから出てくるものを箱庭のイメージに合わせると、聴いている人も私もなるほどと納得することが多いようだ。夢の場合は、夢について私が思いついたこと、つまり、心の引き出しから出たものをクライアントに伝えると、夢が語りかけていることがクライアントに理解してもらえると私は納得している。それはクライアントが当面すべき内的な課題をピッタリ言い当てているからである。
 私の心の深層には、夢や箱庭に関連して沢山の資料が引き出しに入っているらしい。
 ある箱庭の研究会では、その引き出しの資料を整理して本を書きなさいと言われるが、知的に整理するなんてとても不可能だと思う。書くとすれば、多分経験した事例を夢や箱庭を使った物語として出す以外にないのではないかと思っている。司馬遼太郎が沢山の資料を集めて明治維新を生きた人々をかき出したように、私があったクライアントの人生を物語として書き、クライアントにも納得してもらえた幸いである。ここに河合先生ができなかったことが出来る。それは可能だろうか。クライアントの生きた軌跡の物語化である。ここに本当の無意識との対話が成立することになる。

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心理療法における実際家と理論家

 箱庭療法の事例に関する私の解説は面白いらしい。だから本を書けと言われた。しかし、私は中々本を書くことが出来ない。
 心理療法の本を書ける人は知的で理論的である。心理療法の実際を思い描き、それを文章化できる人である。そういう偉い人は心理臨床の学会で沢山の聴衆を前にして講演し、心理療法に携わる人を育てている。心理療法の実際に関する考え方は心理療法に携わる人々に取って心の支えになる。しかしその人達が事例発表することはほとんどない。自分の事例が指導者の理論に照らすとそれほどうまく行っていないように思えるのだろうか。
 心理療法の指導者の理論と心理療法を実践する人の経験にずれがあるのではないかとも思った。心理療法においては理論と実際は違うと考えた方が良いのではないか。心理療法の実際は台所の洗い場の掃除のようなものだ。きれいなように見えても水垢が溜まっているし、排水溝もたわしでゴシゴシとこすってみなければならない。それは主婦を見習ってやってみるしかない。やってみて経験から学ぶのである。経験から学んだ人が台所のお掃除の仕方について語ることが出来、主婦を育てていくのではないか。
 主婦と言えば料理が思い浮かぶ。料理は今クックパッドを見て作ると大体のものはできる。しかし、それをみんなの前に出すのは恥ずかしい。それと同じく、偉い先生の考えに従ってやっと出来た事例を学会で発表するのは恥ずかしい。だから偉い先生の下で育った人たちが学会で事例発表することがほとんどないのではないか。
 私が研究会でやっているのは事例の解説ではないか。野球やサッカーのゲームの解説に似ている。解説は面白いけれど本にはならない。それと同じく私の心理療法も理論化が難しく本が書けないのだ。そう思っていたら、夢に山の中の大工の棟梁が出てきた。お前は未だ棟梁の弟子にもなっていないという警告夢であった。
 私のこの仕事、心理療法では事例から学ぶことがすごく多い。経験とそこから学んだ知恵がこの仕事を支えていると思う。それは棟梁の仕事である。

 

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来談者中心療法と真相心理面接

 現在臨床心理士が行っている面接法は大学院で教えられる来談者中心療法だ。これは簡単に言えば、クライアントの立場になって話を聞くことで、相手の気持に沿ってそうそうとうなずきながら話を聴くのだ。そんなことは俺だってできると村上春樹は『女のいない男たち』に書いている。普通人は自分の立場に立って相手の話を聴くから、相手の立場に立って聴くだけでも専門的な仕事と言える。相手の立場に立って話を聴くと聞いている間、全部相手の話になる。共感的に聴く、つまり共感的に受容すると、相手の悩みは自分にものりうつってくるから、クライアントと同様こちらも苦しくなる。本当に深く共感すると、臨床心理士も悩み苦しむ。そのために臨床心理士はいつも何らかの身体症状を抱えていることがあるとユングが何処かに書いていた。実際事例研究会で難しい事例を長時間聞いた後では、帰りの車の運転に気をつけたほどである。
 しかし、長年経験を積んでいると臨床心理士もそういう苦労に慣れてきて、大して苦労なくやって行けるようになる。それでも専門的な仕事になる。そういう仕事をしているとあまり研究や勉強も必要で無くなるらしい。スクールカウンセリングの仕事は共感的に話を聞き、子どもや親の家庭の情況を報告していると学校側との協調関係も保たれるので、うまく仕事が進む。残念なのは大した仕事ではないから学会でもスクール・カウンセラーの事例報告がほとんどないことだ。研究が進まず、進歩がほとんどなく将来が心配だ。
 来談者中心療法では一般にはそれほどいのちをかけて話を聴くことにはならないから、事例も程々に経過していき、特に研修を積む必要がないのではなかろうか。だから、現在では、臨床心理士の研修意欲がかなり低下し事例研究会はどこも活気がない。
 私は檀渓心理相談室で有料の心理相談を行っている。学校で臨床心理士に相談する人は無料で話を聞いてもらえるが、私のところに来る人は一回あたり8千円も料金を払わなければならない。原則としては50分8千円だから、1分あたり150円になる。相当に高額な料金だ。そういう高額料金を取る私はクライアントにそれに相当するものを与えなければならないと思う。
 そのためにクライアントの立場に立つだけでなく、生活歴や家庭環境、父母の親のことまで話を広げ、悩みの真相を取り上げて考えてもらう。こういう真相を暴き出す方法は酷いようだが、一般的にはそこまで話を広げると、個人が抱えている問題は祖父母の代から用意されてきていて、家の伝統や雰囲気に一番敏感なこころやさしい人が問題を背負わされていることがわかってくる。家の問題を背負わされていて、その責任はないが、その問題の解決はその人がしなければならない。対人恐怖や不潔恐怖など神経症や不登校になるほどの対人関係の弱さの問題など治すことはできないから、それらの重荷を抱えてどう生きていくかを考えることになる。病気や問題を治すことが目的でなく、それらを抱えてどう生きていくか、困難を切り開いていく勇気や忍耐力をつけることが課題だ。このように人生を切り開いていくことを考えるので、治療法でなく真相心理面接法ということにした。
 真相面接法をた家庭環境や経験、特に心の傷について思いをいたし、しかもそれを人に打ち明ける勇気がいる。教育分析を受け、分析家に話を聴いてもらうだけでなく、周囲の人、更には公にする勇気が必要ではないかと思うようになった。小説家が世間的に力があるのは、自分の内面を赤裸々に物語にして公にしているからだ。
 来談者中心療法の事例報告は人生の深みがなく面白くないが、真相面接法の事例はクライアントの人生が出てくるから心に響く事例になる。それはよく出来た映画や小説以上の感動がある。
真相面接の良いところは難しく長引いている問題ほど問題の真相を明らかにすると面接が続くことだ。仕事のやりがいもある。だから、私は毎日仕事をしていても飽きない。有意義な仕事をしているという自負があり、今の料金でも安いくらいだと思っている。でも、私の仕事は宗教や占いとは違うので、世間的にこれくらいで丁度良いと思っている。ただ6時以降の面接では割増料金を頂いている。でも、出来れば6時以降は仕事をしたくない。身体もたましいも休息態勢に入って要ると思うからだ。

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たましいについて

たましいについて
カウンセリング・だんけ 西村洲衞男

 河合隼雄先生は「たましいの復権」というエッセイで、性の抑圧がなくなった現在最も抑圧されているものはたましいではないかと書いておられる。
 現代はお笑いが流行っている。河合先生もよく冗談を言って人を笑わせておられた。
 お笑いは人々をホッとさせ、我を忘れる時を与えてくれる。みんなで笑うとほっこりするのだが、笑いの世界に入って一人になっているのではないだろうか。笑いで人とつながろうとするとしょっちゅう笑いのタネを考えておかねばならない。お笑い芸人はいつもいつも寸暇も惜しまず考えている。ある落語家が一日のスケジュールを円グラフで書いてテレビ番組で見せていた。その記憶によると、15分刻みでゆっくりしている時間がない。お笑いの萩本欽一さんもお風呂に浸かると気持がだらけるのでシャワーしか浴びないと語っていたことがある。お笑いのいのちを生きる人は焼けたフライパンの上の水玉のようにいつも弾けているのではなかろうか。そういう状態の心ではたましいはどのようになっているのであろうか。
 冗談を言って人を笑わせたときの河合隼雄先生はしばしばすごい形相になって別なことに集中しておられた。その場の人々は河合先生の冗談を聞いて笑っているのに、先生はまったく違う深刻な世界に目が向いているので、それを見た人はぎょっとしてその姿が忘れられず、人に言わずにはいられないらしい。このような様子を何人もの人が書いている。
 河合先生の冗談は自分への視線を回避するためのもので、ご自身は自分のいのちにかかわることに思いを巡らせておられたのだろうと思う。
 先生が書かれるものはいのちにかかわるものだったと思う。いのち、それはたましいのことである。
 愛や憎しみといった感情レベルの心ではなく、愛や憎しみを越えたところにたましいというこころがある。心はコロコロ変わるからこころというのだという説がある。確かに愛は憎しみに変わり、憎しみは愛に変わる。大事なのは愛や憎しみの背後にあるいのちである。いのちは目に見えないし、これと言って掴みどころもない。河合先生はたましいをつかむには物語しかないと考え、後に中世の物語文学の研究に力を注がれた。
 たましいを掴む方法は物語だけではない。和歌も俳句も、歌謡も舞踏も、人々は沢山の表現方法を用いてきた。しかし、それでも余程修行しないとものにならない。
 それらは今世の中に満ち溢れている。テレビに展覧会や出版物の中にあふれるほどあって、あふれるものの中に私たちはたましいを見失っている。
 生き物が死ぬとたましいがなくなったと感じられる。たましいが離れて出て行ったら物になっている。たましいが抜けると身体は抜け殻になる。
 生き物から抜け出たたましいはどうなっているのか。たましいに個別性などあるのか。たましいは生き物の中にいる間はそのものの名前で生きていてあるとわかるが、抜け出てしまうと名前のついたものの消滅とともに行方知れずになってしまう。万葉の昔には山にたなびく雲の中にたましいを見ていた。それは火葬の煙が雲になったものだ。たなびく雲のようなものだから普遍的にいつでもどこであると言って良いのではないか。
 河合先生はユング派の分析家ヒルマンの言葉making soulを引用して、たましいを自分の中に養ってそれをあの世に持っていくと書いておられる。そのたましいも煙と化すならたましいもあの世へはもって行けないのではないかと私は考えている。ただ、河合先生の業績や思い出を心に留めている私たちは先生のたましいを受け継いで生きていくことはできる。たましいは先輩後輩の関係や家の伝統として生きている。椿は椿らしく牡丹は牡丹らしく生きている。その中には椿の、あるいは、牡丹のたましいが生きている。そう考えるとたましいは生物学的なものであると考えた方がよいのではないかと思う。
 河合先生に初めて会う前に西から太陽が登る夢を見たロサンゼルスのユング派の分析家シュピーゲルマン先生が、河合先生のお墓参りをされたとき、晴れた空に輝く太陽に丸い虹がかかった。それを見たシュピーゲルマン先生は河合が天国から挨拶に来たと感動されたという。その日輪は墓参に同行された樋口和彦先生が写真に取られ、その写真は滝口俊子さんの『夢との対話』に紹介されている。河合のたましいが天国から挨拶に来たというのは不思議なことであるが、その経験はシュピーゲルマン先生の心の中の経験であって、私たちは驚きをもって聞くだけである。シュピーゲルマン先生はそれだけたましいを感じ取れる人だったと思う。
 たましいこそは分別のない、名前が付けられない、個別性の無い、しかもいのちのある存在である。たましいはこの世界には充満していて、いのちがある。それは井筒俊彦の意識の形而上学で述べられた真如の世界ではないか。意識、つまり個別性を認識する能力で世界に充満しているたましいを感じ取る力を養うことはできるのではなかろうか。
 牡丹が牡丹らしくあるために、自分が自分らしくあるために、このいのちを含んだたましいの世界に触れる必要がある。私たちは夢や箱庭を通じてそのようないのちにかかわる仕事をしているのではないかと思う。

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